国税の調査官、現場でモバイルPCと携帯プリンタを活用—税務調査のIT化最前線

シロクマくんがノートPCと携帯プリンタを使う—税務調査のIT化最前線のイメージ

「税務署って、まだ紙とハンコの世界なんでしょう?」

そう聞かれることがあります。実は、東京国税局が令和5事務年度の統括官会議で配布した内部資料(情報公開法に基づき、適法に開示請求で入手したもの)を読むと、現場の調査官はモバイルパソコンと携帯プリンタを持ち歩き、Web会議システムも積極的に使う—という意外な姿が見えてきます。

この記事では、内部資料から読み取れる「税務調査のIT化最前線」を、雑学として楽しみつつ、納税者として知っておくと役立つポイントを整理してお伝えします。

「税務署は紙とハンコの世界」というイメージとのギャップ

結論からお伝えします。国税の調査官は、紙とハンコだけで仕事をしているわけではありません。

内部資料には、調査の現場でモバイルパソコン(局WAN用)を使ったり、携帯プリンタを持参して書面をその場で出力したり、Web会議システムで税理士や上司と打ち合わせをしたり、という運用が当たり前のように出てきます。コロナ禍を経て「臨場・対面抑制型調査」と呼ばれる、対面の回数や時間を最小限にする調査スタイルも進んでいます。

従来イメージしていた「税務署」のイメージは、いったんアップデートしてもよさそうです。

モバイルパソコン全国約18,000台—リモートワーク環境も整備済み

東京国税局の令和4事務年度の資料の記述によれば、令和4年1月から国税職員向けのリモートワーク環境(庁舎外でメールや共有フォルダを利用できる仕組み)が整備されました。さらに同年冬には、全国で約18,000台のモバイルパソコンが追加配備された、とも書かれています。

サテライト署勤務という制度もあります。自宅に近い別の税務署で、内部事務(更正の請求の審査、申告審理、書面の照合など)を行う—という働き方が、すでに運用に入っています。

「国税職員も、ワークライフバランスや働き方改革と無縁ではない」というのが、内部資料から読み取れる実態です。

出典:東京国税局 課税第一部 個人課税課 令和4事務年度 課税部門共通資料 p.21-25(情報公開法に基づく開示請求により取得)

携帯プリンタで「質問応答記録書」を現場で出力する時代

個人的にいちばん「えっ、そうなの?」と思った話を一つ。

税務調査の現場では、調査官が納税者の発言内容を文書化する「質問応答記録書」というものを作成することがあります。重加算税の要件(隠蔽・仮装)に該当するかどうかの判断資料となり得る、重要な書類です。

この質問応答記録書、以前は調査官が手書きで作成して、後日署で清書する、という流れが想定されていました。けれど内部資料には、「調査先で質問応答記録書を作成する際に、局WAN用モバイルパソコンを活用することで、手書きと比べて効率よく訂正できる」「携帯プリンタを使って、調査先でその場で出力できる」という記述があります。

つまり、調査官が調査先で発言内容を入力し、その場でプリンタから印刷した書面に納税者の署名を求める—こうした流れが、業務の効率化の取組として内部資料で想定されているということです。実際にどの程度標準的に運用されているかは個別の事案によって変わると考えられますが、「その場で書面化される可能性がある」と理解しておく価値はあります。

出典:東京国税局 課税第一部 個人課税課「令和5事務年度 指示連絡事項」p.28

SMS(ショートメッセージ)は原則使わない運用—詐欺との見分け方

IT化が進む一方で、SMS(ショートメッセージ)については「原則として国税組織外との連絡手段として利用しない」と内部資料に明記されています。

例外は限定的で、相手側から発信者確認のSMSを先に受信した場合や、再三の連絡にも応答が期待されず急を要する場合、といった条件付きです。

これは納税者側にとってかなり重要な情報です。「税金が未納です」「還付金があります」「リンクをクリックしてください」というSMSが届いたら、まず詐欺の可能性を疑ってよい、ということになります。国税庁の公式サイトでも、不審なメール・電話・SMSへの注意喚起が出ています。リンクを開く前に、最寄りの税務署や国税庁の公式サイトで真偽を確認するのが安全です。

税務署からの連絡が「調査」なのか「行政指導」なのかの見分け方や、来署依頼のルールについては、税務署から連絡が来たときの調査と行政指導の違いをまとめた記事で詳しく整理しています。あわせて押さえておくと、いざというときの初動が落ち着きます。

出典:東京国税局 課税第一部 個人課税課「令和5事務年度の課税部門共通の事務運営に当たっての基本的な考え方及び留意事項」p.21/国税庁公式「国税庁・税務署をかたる不審なメール・電話・SMSにご注意ください」

Web会議システムも積極活用—コロナ禍を経た「臨場・対面抑制型」

もう一つ、コロナ禍の影響で大きく変わったのが、対面の頻度・時間です。

国税庁本部の令和4年の会議資料には、「臨場・対面抑制型調査」という言葉が出てきます。コロナ禍をきっかけに、調査官が事業所に出向く「臨場」の回数や時間を最小限にして、Web会議システムや書面のやり取りで代替できる部分は代替する—という運用方針です。

これは大法人を担当する調査部の方針として明示されていますが、考え方としては個人課税部門・法人課税部門でも応用されつつあると読み取れます。別の内部資料には、個人課税部門の実地調査件数は、コロナ前の平成30事務年度と比べて6割程度になっている一方で、追徴税額の水準はコロナ前と同程度を維持している—という記述もあります。「数を絞って、深く突っ込む」スタイルにシフトしている、と読み取れます。

出典:国税庁本部「全国国税局課税(第一・第二)部長会議資料 令和4年5月30・31日」p.29-30/東京国税局 法人課税R5資料 p.27(実地調査件数の推移)

武蔵府中の「コールセンター」—税務署の電話オペレーション

もう一つ意外な事実。東京国税局には、電話で行政指導を行う集約機能として「武蔵府中コールセンター」(内部資料での呼称)と呼ばれる仕組みがあります。これは東京国税局の業務センター(武蔵府中分室)の機能として運用されているもので、署単独で処理するには事務量が大きい事案を集約しています。

たとえばシェアリングエコノミー(メルカリ・Uber・YouTubeなど)で稼ぐ方々への行政指導は、武蔵府中コールセンターが担当する運用が示されています。第三者作成書類の事後審査、扶養是正の通知、無申告者へのお尋ねなど、署単独だと負担が重い事案を、コールセンターに集約しているわけです。

「税務署=それぞれの管轄署で対応」というイメージが強いかもしれませんが、実際には電話オペレーションを集約して効率化する仕組みも、IT化と並んで進んでいます。シェアエコ事案の行政指導の実態については、副業の税務調査と平均追徴747万円の実態をまとめた記事でさらに詳しくお伝えしています。

出典:東京国税局 課税第一部 個人課税課「令和5事務年度 個人課税部門の事務運営に関する参考資料(資料1別冊)」p.16・p.17/国税庁公式「東京国税局 業務センター(武蔵府中分室含む)」

IT化が進むからこそ、納税者側で備えておきたいこと

ここまで読んでくださって、「思ったよりデジタル化されているな」と感じた方も多いはずです。最後に、IT化が進む税務調査に対して、納税者側で備えておきたいことを少しまとめておきます。

まず、調査の現場で書面を即座に出力されると、内容を確認する時間が短くなりがちです。質問応答記録書のような書類に署名を求められたら、「内容を確認させてください」と一度立ち止まる落ち着きを持つこと。これは、IT化が進めば進むほど重要になります。

次に、ご自身の収入や経費の記録もデジタル化しておくこと。クラウド会計・スマホアプリ・スプレッドシートなど、形式はなんでも構いません。後で「あのときの取引、いつだったっけ」と探す時間を短縮できます。

そしてもう一つ。万一、調査の連絡が来たときに、その場で頼れる窓口があるかどうか。シロクマくん税務調査あんしんメンバーシップは、長年国税で調査現場に立ってきた元国税調査官(シロクマくん)が運営する、税務調査のための備えのメンバーシップです。月額 約1,000円〜(年払いあり)で備えられます。スポットで税理士に依頼する場合(単発の税務調査立会・対応の依頼を想定した一般的な相場として)の費用は60万円以上が目安で、ケースにより高額化することがあります。月額換算で見れば、スポット依頼の10分の1以下のコストに収まる水準で、日頃から備えておけるサービスです。

調査の現場のIT化と並行して、調査対象を絞り込む「データ選定」の仕組み—国税のSAT・RIN・結という3つの選定支援システム—も進化しています。データセンター(仮称)の設置構想を含む選定側のDXの全体像は、税務調査の対象を絞るデータ選定の最前線をまとめた記事でさらに詳しくお伝えしています。

国税のIT化は、納税者をターゲットにしたものではなく、調査官の業務効率化のための取組です。けれど、その効率化の効果は調査の進み方にも反映されます。納税者の側も、紙の時代のままではなく、自分の状況をデジタルに整理しておくこと。それが、これからの税務調査と向き合う基本姿勢になりそうです。

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税務のシロクマくん

この記事の監修者

税務のシロクマくん(税理士)

税務署一般部門、特官部門、国税局調査部で国税調査官を長年務め、その実績と経験を活かし、現在は税理士として税金や税務調査の情報を発信中。

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